百道(ももち)から

考えの切れっぱし

お稽古ごと

 数年前まで日本舞踊に熱中していた。環境が変わって今はお休みしている。

 昨年、かつての稽古仲間が名取になった。そして先日、目出度く初舞台を迎え、お声をかけていただいたので出かけていった。舞台の前に少し話をしたくて、楽屋裏に行くと、舞台袖に紋付の黒い着物と白化粧を施した彼女がいた。緊張と不安と自信とが入り混じったような顔で前の出番の演者の踊りをじっと見つめる彼女は、頼りなげながらも大きく見えた。

 簡単に挨拶を済ませて客席に戻り、6番目という出番を待った。緞帳が上がり、演者を紹介する優しい声のアナウンスが流れる。そして何度も一緒に稽古をした長唄が聞こえ始めた。彼女は上手からスーッとすり足で現れ、照明を受けて光を放つ4枚の金屏風の前に立ち、堂々と踊り始めた。

 格好よかった。私の両の目からは涙があふれてきた。涙の意味は彼女への賞賛と寂しさだったと思う。私が見たことのない景色を、私も一緒に見るはずだった景色を、彼女は見ている。もう彼女の横に並び、同じスタンスで踊ることはない。彼女は随分と先に行ってしまったのだと思った。