百道(ももち)から

考えの切れっぱし

作家さんにお会いして

昨日、作家の桐野夏生さんの講演会に運良く参加した。私が上手にスケジューリングをできてなかったせいで、35分の遅刻。惜しいことをした。作品の雰囲気と日本ペンクラブ協会の会長をお務めになられていることから、ジャーナリスティック風で強いかと思ったけれどその反対。話しぶりは穏やかで声はハスキー。何より美しかった。あの美しさの裏に強さがあるのかと想像する。尋ねられたときの回答はいつも短い。でも待っていたら、もう一つ質問を重ねたらもっと話してくださるようなそんな感覚があった。私は質問をできたのだけど、最後の一言を緊張のためこちらから閉じてしまって、その点も後悔している。何か一言言いたそうだったけどそれは控えられた。閉じる相手は追わないのだと思った。

 本は神通力をもっているようなものだったのに、ネットの登場でそれらを失い、今はコンテンツ化している。小説は文脈や流れるので、切り取っただけでは全体を見通せないはずだが、コンテンツ化されてそれが可能となっている。そうして言葉狩りにあっている。その言葉狩りがネット上では普通の人によって行われているう怖さがある。『日没』に絡めて。